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新しい物を探していく

祖父の「死」という経験と「命」について考えてみた

こんにちは弥生です。

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今回は先日亡くなった祖父のことを書いていきます。 この日のことを忘れたくなかったので、文書として保管しておくついでにUPします。

 

この記事は今日買ったMagic Keyboardで書いています。 Macbook Pro 2017のバタフライキーボードよりも静かだし、打ちやすいので愛用して行きます。でも慣れないからちょっと打ち間違えが目立つかも。。 さて本題に戻ります。

経緯

まず一年半ほど前。入院していた祖父が手術後に目を覚まさなくなりました。 たまにお見舞いにはそれまで行っていたのですが、最後に会った時は、僕が家の鍵を持ってくるのを忘れたせいで早く帰らなければいけなかったのがすごい心残りです。今でも最後に見た顔を覚えています。

それからはたまに目の覚さない祖父のお見舞いに行く程度であまり顔は出しませんでした。 父は毎回行くたびに日にちの感覚が狂わないようにと耳元で「今日は〇月◯日だよ」と声をかけていました。耳元で流すようにラジオも買ってきてあげました。

時々まばたきをしていたので聞こえてたのかもしれません。

ちゃんと髪の毛とかも伸びているし生きてるんだなーとはみてわかりましたが、ずっと眠っているように目を覚まさないのはとても悲しかったです。

今カメラが趣味なのも、将棋・囲碁が人並みにできるのも全部祖父が教えてくれたからであってとても感謝しています。祖父の家に行っって小さい頃はEOS D5を触ったり、将棋を売ったり毎回のようにしていたのをとても鮮明に覚えていて良い経験でした。

あ、これではただの作文なので経緯はここまでにします(笑)

危篤と報告を受けた時

祖父が危篤と父親から着信があったのは土曜日の朝9時でした。たまたま早起きしてゲームをしていたので急いでタクシーを呼んで病院に向かいました。 ちょうどその日に限って、親戚も両親も家を離れていて僕しかいなかったためです。

病院に着くと病室にはポンプを持った医者と看護師がいました。 すでについた時には亡くなっていたそうで、空気のみ流し込んでいたようです。蘇生もしたがダメだったらしく、僕が病室に着いた10時ちょうどに空気を送るのをやめ、ご臨終ということになりました。心臓が止まった時が死亡時間じゃないことは初めて知りました。

それから2時間の間はまだあったかく、体温を感じることができました。生きていた証拠のような体温を手のひらで長い間感じていました。

死因は心筋梗塞らしいです。

 

仕方のないことではありますが、看護師や医者の対応が事務的すぎて驚きました。 なんども葬儀屋の予約を迫り、淡々とこなして行く感じが見受けられました。 でも冷静に考えると全く知らない人が死んでも自分も何も思わないだろうし、やはり本当に仕方ないなあ。

霊柩車が来て祖父の家に運ばれて行くのは昼ごろ。

来たのが知っている黒塗りの霊柩車じゃなくてただのHI ACEだったのは衝撃でした。 やはり寝たように横になっている祖父は今にもいびきをかきそうです。 すっと寝たきりの生活だったため、足の筋肉が全くなく細い足で大変さが身にしみてわかります。でも苦しくなさそうな顔をしていたため、安心して見送ることができました。

葬儀屋が家で話をしていたのですがやはり事務的で、かつみんな忙しそうで悲しんでいる暇なんてないとはこのことなんだなと実感。

そして家族葬で執り行うとのことでしたが、普通に多くの人を呼ぶ葬式の方が支出よりも収入が多くなるそうなのでお得なのを知るのはすべて終わったあとでした。

通夜の日には、本州や北海道の各地から親戚が集まりました。 小さい頃からあまり集まることはなかったのですが、こんなに集まったのは初めてだというほどみんな集まり、いとこが10人以上で思い出話やそれぞれの話をしました。笑が絶えない通夜で2時間以上話していました。

好きだった詩吟の本を中に入れ、愛用していたEOS D5 M3を棺桶の上に置いてあげました。カメラの説明書はボロボロで付箋がたくさん貼ってあり祖父らしさがありました。 僕は喪服を買ってもらい、初めてのスーツ姿で葬式に臨みました。

葬式が終わり、棺桶に花をいっぱい敷き詰め、火葬場に向かいます。 この目で見る最後の祖父を見送って煙を見ました。 2時間ほどして、骨だけになった祖父を骨壷に納めます。 85歳の祖父はまだ若いらしく骨がしっかり残っていました。

90を過ぎたりすると形があまり残らなくなってしまうそうです。

はだしのゲンで、亡くなった母親(?)の遺骨が放射線のせいで全く残っていなかったことが思い出されました。

言いたいこと

今回の祖父の死は、寝たきりになりもう覚悟ができていたことであって急な悲しさは押し寄せて来ませんでした。

僕は泣かなかったものの、親戚一同が各地から来てくれて涙をあがしてくれることが祖父にとっていちばんの幸せで会ったと思います。

自分の死で泣いてくれるなんて冷静に考えたらなかなかすごいことだとは思いませんか?

僕は死んでもただ火葬だけしてくれれば良いので、お金はかけてもらいたくはないです。 死んでから金がかかるよりは生きているうちに使いたいです。 そして寝たきりの状態で、意識があるかとかは本人にしかわかり得ないのでそのような状態になったら僕は尊厳死を選択したいです。

そして僕は、自分でも得体の知れない「死」ということについて考えた時、恐怖を少し覚えました。死ではなくても人間は自分のわからないことが怒ると怖いものです。宗教が流行る理由も、信じる理由もわかりました。

で、結局一番言いたいことは、年に関係なく自分にも周りにも死は訪れるので覚悟をしておくべきだということです。

日々後悔を残すことなく人生を全うしてください。 僕もそのことを心がけて生きていきたいです。